2014年1月9日木曜日

昭和天皇は殺されかけた宮城事件は「昭和天皇実録」では語られないだろう

昭和天皇の87年余の生涯を記録した「昭和天皇実録」の編さん作業を進めている宮内庁は9日、実録が今年3月末に完成し、4月にも天皇陛下に提出するとの見通しを明らかにした。情報公開請求があれば全量を開示する方針で、2014年度中に業者を入札で募って公刊も始める。同庁の風岡典之長官が定例記者会見で説明した。
 太平洋戦争開戦や終戦の“聖断”に至る経緯、連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥との会見など、戦前から戦後の占領期にかけての新史料があるかが注目される。 側近の日誌や侍医の拝診録のほか、未公開の個人の文書や元侍従からの聞き取りなども参考にした。
(共同)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2014010901001891.html
http://www.peeep.us/51e85b7e


1945年8月13日
最高戦争指導会議で、《ポツダム宣言の受諾》が決定

1945年8月13日
陸軍所属の畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐を含めた6人の将校らが、
1945年8月13日の時点で、当時の陸軍大臣であった阿南 惟幾(あなみ これちか)大将に
「兵力使用計画」というクーデター計画を掲示、賛同を求めていた。

1945年8月14日
一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀らが無条件降伏受託に反対しーデター計画を画策。
↓
午前
この『クーデター計画自体』は阿南陸軍大臣らに否定され頓挫する。
↓
午後1時
御前会議で天皇自ら『マイクの前に立つ』と発言→『玉音放送』の実施が決定
↓
午後3時
クーデターを計画していた畑中少佐が、東部軍管区司令部の田中大将と面会
結果、クーデターへの賛同は得られず。

↓
畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐を中心とした若手将校らを中心に
阿南陸軍大臣などからの支援無しのクーデター(宮城事件)が
決行されることになる。

午後11時半過ぎ
玉音放送の録音が終了。
無事に終了したが、昭和天皇自らが再度の録音を希望、二度目の録音が行われた。


8月15日午前0時、
《クーデター決行》
下村宏情報局総裁と、NHKの録音技師として(玉音放送の)収録に立ち会った
玉虫一雄さんが録音を終えて帰路についたとき、
坂下門で玉音放送に反対する近衛兵たちに捕えられ監禁された。
↓
しかし彼らは玉音盤を持っていなかったため、反乱軍は宮内庁に侵入した。

午前1時45分
森赳(たけし)近衛師団長は、蜂起に加わるよう説得に来た将校たちに対して
これを強く拒否し、殺害される。

午前2時
師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠。
電話線の切断、皇宮警察官らの武装解除を断行。玉音放送阻止のための玉音盤の大捜索

畑中少佐は次の手段として、放送会館を武力占拠することで放送自体を不可能にさせ、
またラジオ放送を通じ国民に決起の趣旨を呼びかけようとしたが、これも失敗に終わった。

午前5時
阿南惟幾陸軍大臣若手将校の暴走の責任を取って、午前7時絶命

早朝
東部軍と共に東部軍司令官田中静壱大将が自ら皇居に乗り込みこれを鎮圧。

午前11時20分
中心メンバー・畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐自害。

1945年8月15日正午
玉音放送開始。終戦

昭和天皇を殺してまでも玉音放送を止めさせようとした畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐は戦後、靖国に英霊として祀られている。
またクーデターに参加他の将校は処罰すらされていない。

国家神道・天皇カルトにおいて『天皇』の存在とはあくまで維新のクーデターでは『玉』と呼ばれ、
意にそぐわなければ殺してしまえばいいという程度の存在であり、実際孝明天皇は長州藩の過激分子によって殺され睦仁という傀儡天皇を擁立して明治新政府を樹立したわけである。

宮城事件においても暴走した『過激ウヨ分子』将校、畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐にとって玉音放送の阻止が最大の目的であって昭和天皇などもはや眼中になかったといっていい。
殺してしまえば玉音放送がなくなるわけだから。
その後の処理は『昭和天皇自身が責任をとって自害なされた』とどうとでも捏造できるわけだから。




日本の大阪で韓国人による日本人を狙ったヘイトクライム相次ぐ

 路上で女児に唾を吐きかけたとして、大阪府警此花署と福島署は9日、暴行容疑で大阪市此花区西九条、会社員、趙昌彦容疑者(24)=韓国籍=を逮捕した。調べに対し「そんなことをした記憶はありません」と容疑を 否認している。

 此花署によると、平成24年から昨年までの2年間で、同市此花区と福島区で女性が男に唾を吐きかけられる事件が二十数件発生しており、府警が関連を調べている。

 逮捕容疑は昨年3月中旬、大阪市内の路上で、当時小学2年の女児に自転車で近づき、トレーナーに唾を吐きかけたとしている。この事件前後、現場近くの複数の防犯カメラに自転車に乗った趙容疑者の姿が映っていた。


msn産経ニュース: 2014.1.9 18:19
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140109/waf14010918240034-n1.htm

 路上で女子高校生に抱きついたとして、大阪府警都島署は8日、府迷惑防止条例違反の疑いで、韓国籍で大阪市港湾局職員の姜匡成容疑者(25)を現行犯逮捕した。

 都島署によると、姜容疑者は「ナンパしようと思った。女の子がおとなしかったから、調子に乗りすぎた」と容疑を認めている。

 逮捕容疑は8日午前0時半ごろ、大阪市都島区にある京阪線の京橋駅近くの歩道で、府内に住む10代の女子高校生に背後から抱きつき、頭をなでるなどした疑い。

 姜容疑者は友人と飲酒後、1人で帰宅する途中だった。通り掛かった兵庫県警川西署の巡査(27)が取り押さえた。

 大阪市によると、姜容疑者は昨年4月に採用され、市が所有する埋め立て地の販売を担当。普段は物静かで、勤務態度はまじめだったとしている。市は「事実関係を確認し、処分を検討する」としている。(共同)

サンスポ 2014/1/8
http://www.sanspo.com/geino/news/20140108/tro14010812370003-n1.html

逃走した強姦魔・杉本裕太は『レイシストしばき隊』のメンバーだった?





川崎市川崎区の横浜地検川崎支部で同市多摩区宿河原の無職、杉本裕太容疑者(20)=強盗や集団強姦などの容疑で逮捕=が逃走した事件で、神奈川県警は9日、横浜市泉区で杉本容疑者を発見、身柄を確保し、同容疑で逮捕した。県警によると、警戒中の警察官が発見したという。

 県警ではこれまで、杉本容疑者の逃走に知人が協力した可能性が高いとみて、友人20数人から聴取を継続するなど交友関係を中心に捜査を進めるとともに、約4千人態勢で大規模な捜索を続けてきたが、確保までに2日近くを要した。県警は今後、防犯カメラの解析を進めるなどして、詳しい逃走経路の解明を目指す。

 杉本容疑者は6日に逮捕され、7日午後に送検後、地検支部6階の取調室で弁護士と接見。途中でトイレに行き、腰縄を再び締めた後の午後2時15分ごろ、「腰縄が緩くなった」と訴え、50代の男性巡査部長が背後に回った瞬間、腰縄を下ろして未施錠のドアから階段を駆け降りて逃げた。

 逃走直前に検察事務官が所用のため取調室を出たため、取調室には当時、杉本容疑者のほかには、男性巡査部長と弁護士の2人しかいなかった。

 県警は8日、杉本容疑者を全国に指名手配。約4千人態勢で川崎市の自宅周辺や都県境を中心に足取りを捜査。漫画喫茶やインターネットカフェ、空き家をはじめ、杉本容疑者が立ち入る可能性がある場所を捜索するとともに、友人ら約20人からも事情聴取。警視庁も都県境の幹線道路に警察官を配置するなどして杉本容疑者の行方を追っていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140109-00000536-san-soci

2014年1月8日水曜日

靖国~A級戦犯分祀・国有化しても天皇が参拝しなければ意味ない?

まず、「靖国問題」を解決するには『日本が主体的に戦争総括』と言うけども、3年前の福島原発事故の東電の会長・社長以下の責任・民主・菅政権の責任すら追求出来ないのに今更、戦争総括などできるはずがないでしょ(笑)

そもそもA級戦犯合祀自体が同じA級戦犯としてされながらもGHQに『取引して生き残った事』『陸軍に責任転嫁して売った事』への『後ろめたさ?』への結果であるし、その『取引』によって読売・正力、自民党の誕生であり、安保・岸政権という日の目を見たのであって、だから自民政権では分祀は無理なのである。

『お国のために戦った英霊』といっても同じアメリカ人同士が南北戦争で戦い、《神社と墓地》という性格の違いをあるけども『アーリントン』は同じ日本人同士が戦った戊辰戦争、西南戦争での官軍だけ祀られた『靖国』とは全く異なるもであるし、よって安倍首相が調子こいて『アーリントン』=『靖国』て言ったからアメリカは安倍はバカじゃね?と呆れたわけでこの政権に対し『疑念』を持つのは当然である。国有化するなら賊軍の旧幕府軍戦没者、西南戦争、西郷隆盛はじめ薩軍戦没者まで祀るのが筋である。

A級戦犯合祀で天皇靖国参拝が途絶えた、と言うけど『宮城事件』のクーデターで天皇の意思によって行われようとしていた玉音放送、とそれの阻止とは当然、天皇を殺しても阻止するまで視野に入れていたわけでその首謀者達が戦後処罰されず靖国に参拝されている事実は昭和天皇はじめ皇族なら受け入れられるか?という話。

だから、『日本が主体的に戦争総括』というのは以上の問題を『肯定、受け入れ』する事なんだけど、それは結果的に『靖国の否定』・『長州閥がでっち上げた国家神道』・『明治維新のクーデター』の否定に繋がるので国家神道カルトの長州閥・安倍政権ではできるはずがないのである。
※また宮城事件に参加したメンバーに戦後、電通に入った井田という人が居るから宮城事件に関してマスゴミ、特にNHKでは報道もされないし『なかった事』にされ、血気盛んな若手将校の決断とかいって、どうせ『永遠のゼロ』のように美談化されるのだろう(笑)

それで中韓・朝日・毎日が言う『右傾化』とは国家神道カルトの再興の事で日本の領土・領空を護るための防衛費増大、装備増強は『右傾化』でもなんでもなく『独立国家・主権国家日本』として当たり前の事なのである。(特定秘密法も含め)

軍事的脅威への懸念から批判する中韓、集団的自衛権行使を正当化するための国家神道カルトの再興の模索(道徳必修化、カルト企業経営者の国政進出、独自憲法案での基本的人権削除等)
するのが安倍政権の今後、という所なんだろう。

(以下新聞より抜粋)
民主・前原氏、靖国参拝で「A級戦犯は分祀すべき」

 民主党の前原誠司元外相は4日収録のTBS番組で、安倍晋三首相や閣僚の靖国神社参拝に関連し、「何らかの形でA級戦犯を分祀(ぶんし)し、外交問題化にすべきではない」と述べた。

 理由としては「A級戦犯が合祀されるまでは昭和天皇が参拝されても、外交問題にならなかった」と指摘した。

安倍晋三総理の靖国神社参拝を受け、民主党の長島昭久衆議院議員(51)が、“年の初めに「靖国問題」について 改めて考える”文章をブログに綴った。

 長島氏は「靖国問題」について、日本が戦争責任について主体性を失い、連合国による東京裁判(極東国際軍事裁判)に 振り回された結果起こった問題であるとの見解をコメント。それが故に「A級戦犯分祀論」は余りにも主体性のない議論だと考えており、 極東軍事裁判に振り回された分祀論から一刻も早く脱却したいとの考えを示した。

 この「靖国問題」を解決するには、東京裁判から一線を画して、日本が主体的に戦争総括を行う必要があると意見。

麻生太郎副総理が数年前に提案した、靖国神社の「国有化」を実行に移すことが、天皇陛下による御親拝を実現する道筋であるとの考えを示した。

 民主党の細野豪志前幹事長も東京裁判についての長島氏の見解が自身の見解と一致しているとし、「英霊の犠牲を無駄にしたくないという思いが私にはあります」「勝者の裁きを受けた東京裁判については無念の思いはありますが、戦後の秩序を現実として受け止め、今何ができるかを考えることこそ我が国の国益にかなう」と述べた。

ソース:http://yukan-news.ameba.jp/20140108-118/

宮城事件(きゅうじょうじけん)とは、

1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件である。
日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した。しかし陸軍首脳部及び東部軍管区の説得に失敗した彼らは自殺もしくは逮捕され、日本の降伏表明は当初の予定通り行われた。

戦後[編集]

事件鎮圧の功労者である田中東部軍管区司令官は、8月24日の夜に拳銃で心臓を打ち抜き自殺した。田中司令官は戦時中に宮中への空襲を許したことなどに責任を感じており、24日に発生した陸軍通信学校教官窪田兼三少佐や予科士官学校生徒による川口放送所占拠事件の解決を気にした行動であった。
近衛第一師団参謀の石原貞吉少佐は、8月15日に発生した水戸教導航空通信師団事件の一部である上野公園占拠事件に際し、第十二方面軍参謀神野敏夫中佐からこれの説得役を依頼された。これは水戸から上京した部隊の指揮官岡島哲少佐が、石原少佐の陸軍士官学校本科教練班長時代の教え子だった縁による。8月19日に東京美術学校に赴いた石原少佐は、説得に納得しない林慶紀少尉によって拳銃で射殺された。石原少佐の遺体は同夜近衛第一師団司令部配属憲兵の境芳郎憲兵曹長により収容された。戦後になり石原少佐は勲四等に叙せられ、靖国神社にも合祀されている。
一方、森師団長殺害のキーパーソンであり、また兵力使用計画に関与した※井田中佐は、15日に陸軍省で自殺する決心を固めていたが、これを予期した見張りの将校に止められ断念した。戦後は電通に入社し、総務部長及び関連会社電通映画社の常務を勤めた。戦後の31年になり離婚して岩田に復姓している。同じく兵力使用計画に関与した稲葉正夫は防衛庁戦史編纂官を経て防衛研究所で研究員を勤めた。
事件に関係した将校たちは明らかに当時の軍法及び刑法に違反する行為を行なったにもかかわらず、敗戦とそれに伴う軍組織の解体などの混乱により、軍事裁判にかけられることも刑事責任にも問われることがなかった。

※宮城事件の主犯(実行犯)※とされているのが~
陸軍所属の畑中健ニ少佐と椎崎二郎中佐。
この二人は靖国に英霊として祀られています。

クーデター、要は昭和天皇殺して玉音放送阻止、とは
幕末、孝明天皇殺して、睦仁(明治)担いで維新のクーデターと成した長州藩がやった構図と同じ思想で明仁を担ぐという目論みがあった可能性もなくはない。

だから、国家神道再興を夢想する連中が靖国参拝をしない
今上天皇を殺して新天皇擁立しかねないこともない、
ということ。

《宮城事件》の時系列

1945年8月13日
最高戦争指導会議で、《ポツダム宣言の受諾》が決定

1945年8月13日
陸軍所属の畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐を含めた6人の将校らが、1945年8月13日の時点で、当時の陸軍大臣であった阿南 惟幾(あなみ これちか)大将に「兵力使用計画」というクーデター計画を掲示、賛同を求めていた。

1945年8月14日
一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀らが無条件降伏受託に反対しーデター計画を画策。
↓
午前
この『クーデター計画自体』は阿南陸軍大臣らに否定され頓挫。
↓
午後1時
御前会議で天皇自ら『マイクの前に立つ』と発言→『玉音放送』の実施が決定
↓
午後3時
クーデターを計画していた畑中少佐が、東部軍管区司令部の田中大将と面会結果、クーデターへの賛同は得られず。

↓
畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐を中心とした若手将校らを中心に阿南陸軍大臣などからの支援無しのクーデター(宮城事件)が決行されることになる。

午後11時半過ぎ
玉音放送の録音が終了。
無事に終了したが、昭和天皇自らが再度の録音を希望、二度目の録音が行われた。


8月15日午前0時、
《クーデター決行》
下村宏情報局総裁と、NHKの録音技師として(玉音放送の)収録に立ち会った玉虫一雄さんが録音を終えて帰路についたとき、
坂下門で玉音放送に反対する近衛兵たちに捕えられ監禁された。
↓
しかし彼らは玉音盤を持っていなかったため、反乱軍は宮内庁に侵入した。

午前1時45分
森赳(たけし)近衛師団長は、蜂起に加わるよう説得に来た将校たちに対してこれを強く拒否し、殺害される。

午前2時
師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠。電話線の切断、皇宮警察官らの武装解除を断行。玉音放送阻止のための玉音盤の大捜索

畑中少佐は次の手段として、放送会館を武力占拠することで放送自体を不可能にさせ、またラジオ放送を通じ国民に決起の趣旨を呼びかけようとしたが、これも失敗に終わった。

午前5時
阿南惟幾陸軍大臣若手将校の暴走の責任を取って自害、午前7時絶命。

早朝
東部軍と共に東部軍司令官田中静壱大将が自ら皇居に乗り込みこれを鎮圧。

午前11時20分
中心メンバー・畑中健ニ少佐・椎崎二郎中佐自害。

1945年8月15日正午
玉音放送開始。終戦


1945年8月15日の日本で起きた、教科書には載らないクーデター
http://matome.naver.jp/odai/2137612768139220501




2014年1月7日火曜日

食品テロ?アクリFの前身は戦後最悪の食中毒事件の雪印の冷凍部門

看板立て替えても中の人間の意識は『雪印時代』から変わってなかったということだな。

雪印集団食中毒事件(ゆきじるししゅうだんしょくちゅうどくじけん)とは、2000年(平成12年)6月から7月にかけて、近畿地方を中心に発生した、雪印乳業(現:雪印メグミルク)の乳製品(主に低脂肪乳)による集団食中毒事件。
本事件は、認定者数14,780人[1][2]の、戦後最大の集団食中毒事件となった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E5%8D%B0%E9%9B%86%E5%9B%A3%E9%A3%9F%E4%B8%AD%E6%AF%92%E4%BA%8B%E4%BB%B6

2001年10月 -

雪印集団食中毒事件による経営悪化から、冷凍食品部門を分社化した子会社「雪        印冷凍食品株式会社」として設立

2002年10月 - 「株式会社アクリフーズ」に社名変更
2003年10月 - ニチロ(現・マルハニチロ食品)により買収され、同社の連結子会社となる。
2007年1月 - ほくれい株式会社を吸収合併し、同社本社を当社の夕張工場として稼動開始。
2010年11月15日 - 本社および関東支店を東京都中央区入船より同江東区豊洲へ移転。
2013年12月30日 - 群馬工場で生産された冷凍食品に農薬が検出され、大規模自主回収へと発展。詳細は下述。
2014年4月1日 - マルハニチロホールディングス、マルハニチロ食品、マルハニチロ畜産、マルハニチロマネジメントとともに、マルハニチロ水産へ吸収合併、解散の予定[1]。個々のブランドについては引き続き維持・強化を図る、としている。

2014年1月2日木曜日

『安倍・靖国参拝』7割支持から見る旧幕府軍戦死者と『宮城事件』

安倍首相が参拝したのは彼個人の思想・信条なんで7割も支持があるのはわかるけど、

『靖国』の成り立ち、初期の同じ日本人同士が官軍と賊軍と分かれて殺し合った戊辰戦争や西南戦争の『官軍殉死者だけ祀った』招魂社、太平洋戦争敗戦濃厚の末期でいつ無条件降伏受け入れるかどうか時期にそれに抵抗し、無駄な時間を浪費し、あわよくば昭和天皇を殺そうとした、軍部のクーデター未遂の『宮城事件』くらいはいくら近現代史が学ぶ時間がないとはいえ今回のように靖国が争点化したら最低でも知っておくべき事実だろうね。

知ってれば、安倍首相が『故郷を愛する心』って言ってるけど旧幕府軍=賊軍の奥羽越、桑名・会津等の地元の子孫は受け入れられるか?同じ日本人で勝手に賊軍レッテル貼って、差別だろ?となるし、

天皇である自分を殺そうとた将校らが戦後処罰すらされず首謀者が後に靖国に英霊として祀られた日にゃ参拝できるわけないでしょという事になるし当然、その息子である今上天皇が参拝しないのは心情的に理解できるという話。

元旦の夜に放送されたテレ朝の朝まで生テレビによるアンケートで
安倍総理の靖国参拝を71%の人が支持すると回答。

また、今年、安倍総理に期待すること心配することへのアンケートでは
期待することは、景気回復が197件で一番多く、心配することは、9条がなくなり軍事化するが64件で一番多かった。


2013年12月30日月曜日

毒ギョーザの動機と酷似?非正規のテロ?~マルハニチロ農薬混入事件

誰が見ても人為的に意図的にやったのは明白。

これは中国の毒ギョーザ事件の犯人の動機と同じ構図。
同じ仕事をして正規と非正規で人間とそれ以下の格差。

ボーナスの出る正規、ボーナスの出ない非正規、
当然、非正規には会社への忠誠心など芽生えるはずがなく
雇用期間が切れる前に嫌がらせしてやろうと思う輩も出てくる
空気が今の日本の雇用環境にはある。
その嫌がらせが企業存亡のレベルになってることをやってる本人はわからないが企業にとって人件費をケチったツケ=リスクであることを自覚すべきだろう。

食品大手のマルハニチロホールディングス(東京)グループで起きた冷凍食品への農薬混入問題。

 同社は大規模な自主回収に乗り出したが、原因は特定できておらず、何者かが人為的に混入した疑いも残る。「身近な食品を信じられないなんて」。年末年始に備えて冷凍食品を買い込んだ家庭に不安が広がった。

 「深くおわび申し上げます」。29日、都内の本社で記者会見に臨んだマルハニチロホールディングスの久代くしろ敏男社長と、問題の食品を製造した子会社のアクリフーズの田辺裕ゆたか社長は深々と頭を下げて謝罪した。

 両社が最初に、客から「食品から異臭がする」という申し出を受けたのは11月13日。それから、公表まで1か月半以上が経過している。この点を問われると、担当者は「群馬工場が9月に工事をしたことから、ペンキなどの臭いが移行したと判断した。農薬とわかるのが遅れ、反省している」と釈明した。

 問題の食品はいずれもアクリフーズ群馬工場で製造されたが、食品の種類はピザやコロッケ、フライなど複数で、販売場所や原材料の生産国もバラバラ。田辺社長は「人為的な混入の可能性も含め、あらゆる調査をしている」と強調した。

 最も懸念されるのは健康への影響だが、混入した農薬マラチオンの毒性は比較的低いとされ、マルハニチロホールディングスの担当者は「例えば最も高い濃度が検出されたコロッケでも、体重20キロ・グラムの子どもが1度に60個を食べて、初めて急性の中毒症状が起きる程度。健康への影響は少ないとみられる」と説明している。

 一方、群馬県は30日、アクリフーズ群馬工場に対し、食品衛生法に基づく立ち入り検査を行う。同県衛生食品課によると、農薬の検出結果、生産システム、清掃状況などを調べるという。

(2013年12月30日10時28分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131230-OYT1T00193.htm?from=top

中国・毒ギョーザ事件、被告が罪を認めるも工場は倒産 (2)

待遇に不満を抱きギョーザに農薬を注射

 30日、石家庄市中級人民法院で行われた初公判では、在中国日本国大使館の関係者やメディア関係者など約80人が傍聴した。検察が読み上げた呂被告の供述によると、同社で働いていた期間、ボーナスや賃金に不満があり、事件を起こすことで待遇改善を会社に求めることが犯行の動機だったという。

 呂被告は法廷で、「同社の食堂で15年間働いていたにもかかわらず、臨時社員の待遇しか受けられなかった。毎月の賃金が正社員よりも少ないだけでなく、年末のボーナスも正社員が7千元(約11万円)以上だったのに、自分は100元(約1600)だった」と陳述した。

 呂被告は、騒動を起こして会社の注意を引くと考え、07年5、6月には、工場周辺の衛生所と工場内の衛生所から、注射器2本を手に入れ、さらに、工場の環境・衛生事務所から農薬のメタミドボスを盗みだした。そして、07年7、8月に、工場の冷蔵庫に入り、冷蔵されていたギョーザに注射器でメタミドボスを注射したが未遂に終わったという。その後、10月から12月の間に、再び3回にわたり、冷蔵庫内のギョーザ6-9箱にメタミドボスを注射した。

http://j.people.com.cn/94475/8347896.html
http://www.peeep.us/77ab6f11